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不動産屋さんも物件をネットで探しているような気がする件

2015-10-13T21:09:10+00:002015年10月13日|Categories: Webサービス, 日々|Tags: |

最近、不動産物件を探す機会がかなり多い。ネットで条件を入力し、気になる物件があれば不動産屋さんに問い合わせる、というごく普通の流れである。 一昔前は、不動産屋さんがネットに載せているのはほんの一部で、いい物件は隠し持っているなんていう噂があった。もっと言えば、掲載しているものは実は存在せず、店舗に引き寄せるためのエサだなんて噂もあった。 しかし実際にはそんなことはない。ほぼすべての物件は内見できる。 一発でいい物件が見つかるなんて中々ないので、当然断ることになる。そうすると、不動産屋さんは決まって「条件を教えてもらえればお探しします」という。まぁそりゃそうだ。 しかしその後に送られてくる情報というのが、ほぼ100%すでに見ているものだ。探しているエリアや条件をかなり絞っており、各大手不動産サイトに登録しているせいかもしれないが、それにしても「これとっくに見たよ」の繰り返しだ。 プロが見ているのがまさか検索サイトではないだろうけども、少なくともデーターベースは同じなのではなかろうか。タイムラグがあるとしたら、大家さんから仲介依頼が来てそのDBに登録する間くらいか。ましてや、不動産屋さんだけが見られるヒミツの情報なんてものは存在しない気がする。隠してたところで、何も得しないし。 もし本当にそうだとしたら、今回のように、条件が明確に決まっていてネットで日々確認できる余裕がある人にとっては、不動産屋さんを介す意味が、部屋の鍵を開けてくれるだけになってる感がある。 もちろん、個人がいきなり大家さんに「部屋見たいから鍵貸してください」というわけにもいかないから、不動産屋さんは必要だろう。しかし、「部屋を荒らさない」とか「合鍵を勝手に作って住んじゃわない」とかいう担保さえ握れれば、貸主と借主が直接やり取りする方が手間の面で有利だ。検索も内見も勝手にやるから手数料は半額、とかがあれば、不動産屋さんもビジネスの幅が広がるはずだ。立ちいかなくなるところもあるだろうけど。 さすがに不動産は高額だから契約の障害も高いだろうが、たとえばFacebookの友だちの友だちなら簡単な契約でいいよ、とかになる日が来ないだろうか。いろいろ法律が厳しいのかな。

『じゅん散歩』が適当すぎて最高すぎる

2015-10-01T20:29:36+00:002015年10月1日|Categories: 日々|Tags: |

地井武男さんの『ちい散歩』、加山雄三さんの『ゆうゆう散歩』に続く形で始まった、高田純次さんの『じゅん散歩』。 『元気が出るテレビ』はもちろん、『当たって砕けろ』のいい加減すぎる司会ぶりが大好きだった自分としてはこれはもう見逃すわけにはいかず、HDレコーダーの限界である2週間前には予約を行い、念のためグーグルカレンダーにも登録してその開始を待った。 そしてその第1回目は、本当に期待を裏切らない最高すぎる内容で、思い出してもニヤニヤしてしまうほど。 以下、放送1回目の適当発言。 (ロケ開始時に雨が降っていたため) 「朝起きたら雨だったんで来るのやめようと思ってたんですけど、そうはいかないですよね」 (目の前をバスが通り) 「この番組「散歩」ってついてるけど、いきなりバス乗っちゃいましょうか?」 (とある会社が無料ノベルティをあげようとしたら) 「もらえるものに、現金っていうのはないんですか?」 (その会社の人が興奮して社長を呼ぼうとすると) 「別にそこまで興味はないんだけどね」 (喫茶店のメニューを指して) 「これお金と交換で食べられるんですか?」 (お昼時に出会った男性二人組に対し) 「ちょうどお昼だけど、君たちもうお昼済ませたの?」 「(男性二人、嬉しそうに)い、いえ、まだです!」 「そうなの。じゃあ2人で行ってきたら?」 などなど、たった1回の30分番組、正味20分程度に詰め込まれた適当発言の爆撃。放送は週1回だと勘違いしていたのだが、なんと月〜金だそうで、これからこれだけのために生きていけるとさえ思える自分がいる。

自分の動きが俊敏でないことを知っているおばあちゃん

2015-09-14T23:50:56+00:002015年9月14日|Categories: 日々|Tags: , |

帰り道、家の近くのコンビニに寄った。ビールやら何やらをカゴに入れてレジに向かうと、おばあちゃんが会計をしているのが見えた。 おおよそ70代くらいだろうか。名前は知らないけども、小さいショッピングカートみたいな、スーツケースの簡易版みたいなのを手にしていた。僕はそのおばあちゃんを何度かその店で見かけており、そのカートがないとうまく歩けないのであろうこと、そしてそれをとても気にしており、周囲にとても気を遣う人だということを知っていた。 予想通り、会計を終えてもカートに商品を詰めたり移動することに少し時間がかかってしまう。おばあちゃんは焦りながら、後ろに並んでいる僕に、少し苦い笑顔で何度も「ごめんなさいね」と謝る。 すると、僕が並んでいたことに気づかなかった人が、おばあちゃんの次にスッとレジに入ってしまった。おばあちゃんはそのことに気づき、「すみません、ごめんなさい」とまた何度も謝った。今度は笑顔でなく、真顔で。 おばあちゃんの動くスペースを作ろうと少し離れて立っており、棚の死角に入っていたため、その人は別に悪くない。実際、レジ打ちをしていた店員さんが一瞬こちらに目配せをした時、その人も「あっ」というような表情をしたのだ。 しかしその一部始終を感じ取っていた別の店員さんが機転を利かせ、すぐに他のレジを開けてくれたおかげで、何事もなくすべては終結した。 登場人物の誰も悪くない。しかし、誰も得しなかった。全員がそれなりに他人のことを思って行動したのに、結局一番優しく周囲に気を配っていたおばあちゃん一人を傷つけてしまった気がして、なんだか切ない。 昔、松葉杖をつきながら荷物を持つのに難儀していた人を見かけて、思わず「持ちましょうか、杖」と言ってしまった人を見かけたことがあるが、優しさを発露するということはとても難しいものだと改めて感じた。

文章を書けば書くほど、母国語が英語であればと思わされる

2015-08-16T23:29:46+00:002015年8月16日|Categories: コミュニケーション, 日々|

その善し悪しは置いといて、一応文章を書いて対価を頂く生活をしている。 そして当然ながら、それらのほとんどは日本語だ。ひたすら2バイト文字を叩いてスペースキーで変換する度に、あぁ母国語が英語であったらなと思うことがある。 それは親指が痛いからではなく、発信する先が常にインターナルであるという葛藤があるからだ。 絵やスポーツと同じで、文章も書くほど上達する。これは間違いない。自分に置き換えても、書く度にその練度は上がっているはずだ(そうでないとマズい)。しかしそうだとしたら、私が日々うまくなっているのは「日本語」という、世界で70人に1人しか理解できないニッチな言語であるというジレンマがつきまとう。どんな種目でもオリンピックに出て金メダルをとるのはすごいけども、どうせなら陸上100mで勝負をしてみたかった、というようなそんな気分である。 勉強すりゃいいだけだろ、というのは至極もっともな意見で付箋に書いてディスプレイに貼りたいくらいなのだが、しかし生まれた時からの母国語としているか否かの違いは、想像以上に厳然としてそこにある。私が今後どれだけ勉強して英語の文章力を上げていったとしてもそこには限界があり、努力ではどうしても越えられない壁がある。例えて言うなら、今からいくら練習してもプロ野球選手にはなれないのに近い。 たとえば山本周五郎が英語圏に生まれていたら、彼の作品はもっと多くの人に読まれていただろう。たとえばカズオ・イシグロがあのまま日本で育って作家になっても、もちろん素晴らしい作品を書いたろうが、今ほど世界中で評価されていないはずだ。確かに、原文より優れた翻訳や翻訳家がいるのは事実なのだけどもそれは別として、書き手が一文字単位で魂を込めて書いたり削ったりした文章を、多言語にすべて正確に再現できるとは私は基本的に思っていない。 なので、優れた日本人作家や文章家を見るたびに、この人が英語圏に生まれていたらどうなっていたろうと想像してしまう。もっと多くの人に読まれ、評価されていたのではないかと。作家にとってもっとも重要なのは感性やものの見方だろうが、その表現手段としての言語に何が使われても違いはないだろうから。 言葉や宗教、文化的背景が異なる人と接する際にもっとも重要なのは、自身のそれにどれほど造詣が深いかであると言われる。同じように、言語と文化は切り離せない関係にあるのは間違いない。日本人の感性は日本語でしか表現できないだろう。 しかし、Webの登場などで狭くなった世界の中で、言語を単純な伝達手法、「記号」としてのみ捉えるのであれば、最大派閥に加わることで被るデメリットはほぼない。確かにその分ライバルも増えて競争は激しくなるかもしれないが、はじめから競技に参加していないのとはやっぱり違う。 結論、「英語の勉強は大事」ということをネチネチと回りくどく言っただけに過ぎず、こんな後ろ向きなことを表明したところで何の利も得ないしむしろ今後の仕事に響くのではないかとビクビクしているが、まぁそれはそれでいいのである。

music unlimitedとはなんだったのか

2015-07-16T22:22:56+00:002015年7月16日|Categories: Webサービス, モバイル|

AWA、LINE Music、そしてApple Musicなど、定額制音楽配信サービスが活気づいている。 しかし、みなさんは覚えているだろうか。というか、知っているだろうか。music unlimitedというサービスがあったことを。 これは、ソニーが2012年7月から提供していたサービスで、残念ながら2015年3月で終了してしまった。月額980円を支払うことで音楽が聞き放題になるシステムはAWAやLINE Musicとまったく同じで、それを3年も前から日本で始めていたのは今でもありがたいと思っている。 終了の理由として、Spotifyと共同で始めたPlayStation Musicへの移行が語られたが、残念ながら日本では利用できない。日本のレーベルも、速く新しいビジネスモデルに移行してくんねぇかなぁ~なんて鼻くそほじりながら待っていたら、先にAWAなどが始まってしまった、という感じである。 というわけで、ここ1ヶ月ほどAWA、LINE Musicを試してみた。音質も十分だし、見た目にも使いやすいのだけど、残念ながら物足りなさはあった。その理由は、やはり曲数にある。 Lineが100万曲、AWAは500万曲だということだが、music unlimitedの最盛期は3,000万曲を超えていた。music unlimitedで見つけ好きになったあの曲が、AWAにはやはりない。 その点で唯一対抗できるのはSoundCloudだが、いかんせんここはDJやコンポーザー的なユーザーが多く、ほとんどの曲がリミックスさ れている。それがサービスの魅力でもあるのだが、いくらかっこ良くアレンジされていたとしても、1リスナーとしてはオリジナルを聞きたいとい う欲求がやはりある。好きなミュージシャンのライブで、お気に入りの曲が妙にアレンジされていた時のちょっとしたガッカリ感みたいな。 料金が高いわけでもない、Walkmanの音質もよい、曲数も多い。ではなぜmusic unlimitedは終わってしまったのか。終わってしまった以上、ビジネス的に成功していなかったという前提で、理由を考えてみた。 ひとつは、邦楽がほぼ皆無であったという点。日本人は特に国内の音楽が好きで、海外ミュージシャンの人気はない。それがいいとか悪いとかではなく、現実としてそうである。 そこに問題意識を感じていたのか、後期には明らかに邦楽ミュージシャンの曲が増えてきたが、私が流行りに疎いせいもあるのか、とても一般顧客を惹きつける魅力があるラインナップには見えなかった。 Spotfyが日本で開始しないのは、無料会員制度があるからだと言われる。それに対し、ソニー(ミュージック)とエイベックスという、国内レーベルでも力を持った存在が首を縦に振らないからだそうだ。そういう意味では、AWAとLine Music双方に音源を提供したエイベックスは、日本でSpotfyが根付く前に、定額音楽配信サービスのパイをすべて奪っておこうという思惑があるのかもしれない。 そしてもう一つ、music unlimitedのアプリはひどかった。控えめに言っても、クソであった。私が使っていたWalkmanとの相性が悪かったのかもしれないが、10回起動して、まともに立ち上がるのは2,3回。数十分から1時間楽しむのに、一度もクラッシュしなかったのは10回に1回だった。 せっかくWalkmanというすばらしいハードがあるのに、ソフトは本当に壊滅的と言っていいレベルであったのだ。 サービスを開始するタイミングは、早すぎても遅すぎてもダメだと言われる。music unlimitedが早すぎたのか、日本には定額制音楽配信は根付かないのかどうかは、AWAなどの成功にかかっているか。

女子力とGirl Power

2017-11-03T14:03:15+00:002015年1月31日|Categories: コミュニケーション, 日々, 経済・社会|

スパイス・ガールズが「Girl Power」という言葉を流行らせたのは90年代のことだったが、これを無理やり直訳すると「女子力」だろうか。メラニー・チズムの右肩にも「女力」というタトゥーがあったし。 ただ、スパイス・ガールズが言った「Girl Power」は、「(男や社会に頼らず)独立して生きていく女性」、といったようなフェミニズム的なスローガンだったが、日本語の「女子力」は、どちらかというと「女の子らしさ」とか、「かわいらしさ」という趣が強く、言ってしまえば「男に好かれる能力の高さ」といったような意味で、Girl Powerとはまるで正反対である。 スパイス・ガールズは日本でも非常に人気が出たけども、結局彼女たちが提唱したこの「Girl Power」という概念だけは、ごっそりと抜け落ちたように定着しなかった。 その代わりかは分からないが、「女子力」という言葉が定着してはや数年。今では年代を問わない共通語と言えるのではなかろうか。 そしてこの言葉が面白いと思うのは、むしろ女性が好んで使っているように見えるからだ。 「私って女子力ない」 「○○ちゃんは女子力高いよねぇ~」 というような感じで。 これを紐解いていくと、日本の性差別につながる根の深い問題なのかもしれないけども、日本の女性は、そういった「女性らしさが重視される社会」という共通認識に対しやや斜に構えて、アンチテーゼ的な姿勢をちょっと遊んでいるような感じもある。この発言自体が女性差別だと気分を害される方もいるかもしれないけども、もちろんそんなつもりはなくて、そういった「場を支配する空気に対する自虐を楽しむ」みたいな日本の独特の文化は、結構面白いなと思う。 では、Girl Powerに変わるような日本語があるかというと、単語としてはちょっと見当たらない。言葉がないというのは、一般的な共通認識を持てないからだと思うので、そういった言葉が生まれればいいなと思うし、そのうちそんな言葉すらも死語になるような時代が来ればとも思う。 何だかまとまらなかったが、まぁいいか。

今年を振り返って

2014-12-31T15:49:41+00:002014年12月31日|Categories: 日々|Tags: |

31日になってもまだ仕事をしている気がするけど、一応今年を振り返るポストを書いてみよう。 7月いっぱいで会社を退職しはや5ヶ月。月並みだけど、本当にあっという間だった。正直、7月以前にどんな仕事をしていたのかはあまり覚えていないが、それ以降は本当に克明に覚えている。 居ても立ってもいられなくなり会社を辞めてしまったけども、今のところは本当に良い結果になったと思う。毎日がこんなに充実していると思えたのは久しぶりだ。 ただ、今なんとかやっていけてるのは、何の収入のあてもない自分に声をかけてくださった方々のおかげ。自分の腕一本でビジネスを興すことを目指しているけども、まだとてもそんな状態とは言えない。 コネと言ってしまうとそれまでながら、今まで積み上げてきた関係の先に更なる発展があると考えると、本当に人とのつながりは重要だと思い知った5ヶ月だった。   現在、Version7としての業務は、主にコンサル、Web制作、執筆がメインとなっている。 正直、これは当初の想定とはちょっと違う。特に、執筆活動にこれだけ重きを置くことになるとは想像していなかった。というより、まさか自分がITmediaやギズモードで記事を書くことになるとは、予想もしていなかった。 中でも、特にギズモードでの仕事は始めてわずか1ヶ月ながらも、メディア運営という意味で多くの気づきを得られた。とても長くなるので、それはまた別の機会に書きたい。   サラリーマンを辞めた理由の一つとして、もっと深くインターネットに関わっていたいという気持ちがあった。私はモノづくりが好きだけれども、大企業になればなるほど(それが悪いというわけではなく当然のこととして)モノづくり以外の仕事をする必要がどうしてもある。 辞めてみて、望み通り深くインターネットに関わることができるようになったが、知れば知るほど、その海の広大さに嘆息せざるを得ない。当然ながら、すべてのことを超一流に突き詰めることは不可能なので、今後はより一層取捨選択を明確にし、できないことはできる人に思う存分頼り、その中で自分の強みはどこなのかを明確に打ち出していく必要がある。何かあった時に「これだったらアイツ」と思ってもらえるような何かを持たなければ、これから先は厳しいと思う。 独立し、単純にスゴイと思える人に大勢お会いできたのも、大きな収穫だ。 自分が思うスゴイ人の共通点は、やはり好きなものをひとつ持っていることである。いろいろ余計なことを考える前に、とにかくこれが好きでたまらなくてやってます、という人は絶対的に強い。それで社会的に成功しているかいないかは関係なく、そういう人は自信に満ちているし、人間的にも魅力的だ。そういった熱量に触れると自分にもよい影響があるので、今後もいろいろな方にお会いしたいし、自分も周りに対してそういった価値のある人間になれればと思う。   収益的には少し安定してきたけども、止まると死ぬマグロのような生活は、来年も、むしろこの道を選んでしまった以上、生涯続くことになるだろう。不安が襲ってくることもなくはないが、楽しみの方がはるかに大きい。今後も仕事を通して信頼して頂けるよう、丁寧さをとにかく心がけたい。   お世話になった方、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。

伝説の一夜 オピント事件について

2017-11-03T14:02:18+00:002014年12月17日|Categories: モバイル, 日々|

今ではすっかり携帯キャリアの一角、むしろ強者として定着した感のある「Softbank」ですが、数年前までは「Vodafone」だったことを、皆さん覚えておいででしょうか。 そういやそうだったな、というくらい今では当たり前の存在になってしまったので、孫さんは本当にすごいなと思いますが、僕はやはり、あの日の夜を忘れることができません。 SoftbankがVodafoneを1兆7千億円というとんでもない金額で買収し、そのすべてのWebサイトを一夜にして変えねばならなかったあの伝説の一夜、「オピント事件」を……   私はその頃Yahoo!に在籍しており、いくつかのサービスを担当していました。 当時、Vodafoneでは「Vodafone live!」という独自のサービスを展開していましたが、これが「Yahoo! ケータイ」というものに変わることになりました。ケータイの物理ボタンに「Y!」というボタンがあったのは今となっては懐かしい限りです。 そのため、ヤフーの中でモバイル(今で言うガラケー)版のあるもの、つまりほとんどすべてのサービスは、ページ中の「Vodafone」の記述などを変更する必要があり、Softbankの担当者は、旧VodafoneのページすべてをSoftbank仕様に改編する必要があったのです。 何せVodafoneの買収は(少なくとも下々の人間には)急転直下でしたから、ほとんど時間がありません。もちろん他の仕事も抱える中、今考えても普通なら数週間かけてもいい程度の作業量を、1日で行うようにとの指令が下されたのです。   そして、VodafoneがSoftbankに切り替わるその日がやってきます。 エンジニアの方々は泊まり込みでの作業を余儀なくされました。私はディレクターというポジションだったため会社へ泊まったわけではありませんが、自宅にて、関連するページのチェックを行っていました。 幸いにも、Yahoo!チームのページは変更点がそれほど多くなかったこともあり、特に大きな問題は起きませんでしたが、Softbankのページで異変が起きてしまいました。 それは、Softbankの優位性を強調するための「ポイント」を説明するページでのこと。 一部に「オピント」という表記があったのです。   「ポイントは、500オピント毎に……」   一体なんだこれは。自宅でPCを見ていた私も一瞬考えましたが、しかし本当に一瞬で理由がわかりました。 これは、日本語で「poinnto」とタイプするところを、「opinnto」としてしまった、いわゆるタイポです。しかも、最初にちゃんと「ポイントは」と言っているのにも関わらず……(そして、なぜ「オピント」が正確にすべてカタカナで変換されたのかは、未だに謎とされています)。 それ以外にも、画像として使われた携帯電話がDoCoMoのものだったり、リンクミスが多発していたり、普通ならYahoo!やSoftbankのWebサイトでリンクミスがあれば重大な事故なのですが、とにかく、今となっては伝説の一夜となっています。 しかしもう一度言いますが、あの時のSoftbankチームは本当に大変だったと思います。今考えても、あれを1日でやるのはありえません。   「オピント」 今となっては笑えますが、何だか憎めない愛おしい響きです。

ギズモードにライターとして参加させて頂くことになりました

2017-11-02T18:16:58+00:002014年12月4日|Categories: お知らせ|Tags: |

以前、ITmediaでブログ連載を始めさせて頂きましたが、この度、機会を頂いてギズモード・ジャパンにライターとして参加させて頂くことになりました。 http://www.gizmodo.jp/2014/06/gizmodo_staff_2014.html ライターと言っても翻訳なので、自分の意見とかを表明しているわけではないのですが、初めて書かせていただいた「私がiPhone 6を捨て、5sに出戻りしたワケ」という記事がとても反響が大きかったようで、今話題の人の褌サービス「Gunosy」にも取り上げらるなど、多くのRTやいいね! をいただいたようです。 こうなると、訳者の私自身はXperia派なんてことも中々言い出しづらく、はてブでは「ゴミ記事」というタグをつけられ、しまいには転載された「エキサイトニュース」の記者名の箇所に「渡邊徹」と文章解析され自動リンクを貼られるなど、これはもう郁恵ちゃんと結婚しなければという事態になっております。 この機会に、編集者の方にプロの(ギズモードの)文章を叩きこまれ、大変勉強になりました。 それに、やはりここまで影響力の強い媒体で記事を書かせてもられることへの感謝と、大きな責任を肝に銘じていきたいと思っております。 何卒よろしくお願い致します。

フーラーに有料作品が投稿できる機能を追加しました

2014-11-30T22:16:09+00:002014年11月30日|Categories: お知らせ|Tags: |

運用している、投稿型コミュニティサイト「フーラー」に、有料の作品を投稿できる機能を追加しました。 このサービスを作った一番のきっかけは、才能を持った人がもっと自由にお金を得られる仕組みを作りたい、と思ったことです。 私は大学4年生の頃、とあるテレビ制作会社に内定をもらっており、当時のレコード大賞や結構な有名番組にアルバイトではありますが参加させてもらいました。 テレビの世界はもちろん華やかで、今考えても中々できない経験をたくさんさせてもらったのですが、体力的なハードさは本当に想像を絶するほどでした。 3日3晩寝ない、みたいな生活を初めてしましたし、「立ったまま気を失う」という体験をしたのもあとにも先にもあれが最後です。 同僚には、局に泊まりこみ、本当に3ヶ月間家にまったく帰っていないという奴もいました。 テレビの世界はクリエイティブな才能が必要なことはもちろんなのですが、その前に「体力」がないとその土俵にも上げてもらえない世界でした。 そしてそのせいで、志半ばで去っていく人を多く見てきました。 私の場合はそれが原因ではないのですが、結局内定を断り、ハドソンというゲーム会社にゲームのシナリオライターとして入社することになったのです。   まぁどんな世界でも体が資本であることに変わりはないのですが(ネット界隈もなかなかやばい)、例えば何らかの事情で外に出られないけど創造的な能力に長けている、という人も絶対にいるはずで、それが「体力」みたいなまったく異なる要素が重視される世界でしか展開されていないとなると、実は本当にいいものってまだまだ世の中に出ていないのではないか、と思っています。   作者の方への還元を自動化できておらず、しばらくは私の口座に振り込んでいただく形になりますが、売上はすべて作者の方に責任をもってお渡しますので、是非ご利用になってみてください。  フーラー 報酬について  有料作品の購入方法